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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)3347号 判決 1973年9月13日

控訴人 南谷りつ子

被控訴人 高城信雄こと高性奎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し原判決添付目録記載の建物を明け渡せ

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとおり改め、付加し、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目-記録二四丁-裏六行目の「四〇坪七勺」とあるのを「四〇坪二合五勺」と、同七行目の「八、〇一四、〇〇〇円」とあるのを「八、〇五〇、〇〇〇円」と、同八行目の「一三、六一四、〇〇〇円」とあるのを「一三、六五〇、〇〇〇円」と、原判決五枚目-記録二六丁-裏初行の「金銭」とあるのを「代金」と、それぞれ改める。右坪数および金額に関する原判決の記載は誤記であることが明らかである。)。

一、控訴代理人は、次のとおり述べた。

(一)、控訴人および南谷潔と被控訴人との間の本件建物および敷地の売買契約には、本件建物の賃貸借契約は昭和四二年三月三〇日をもつて合意解除する、もしくは被控訴人が売買代金の支払いを遅滞したときは合意解除されたものとするとの趣旨が含まれていたのであり、このことは、本件建物の賃貸期限の前日である昭和四二年三月三〇日から売買代金支払期限である同年五月三〇日までは本件建物の賃貸借契約は存在しない旨および被控訴人が右代金支払期限までに代金の支払いをしないときは本件建物を明渡すべき旨の約定がなされていることからみても、明らかなところである。しかして、被控訴人は右期限までに売買代金を支払わなかつたから、本件建物の賃貸借契約はいずれにせよ合意解除されたものというべきである。

(二)、しからずとするも、前記のような約定の存在していることからみれば、控訴人および被控訴人間に本件建物の賃貸借契約は更新しない旨の合意がなされていたものということができる。

(三)、控訴人は、昭和四一年八月末日被控訴人に対して本件建物の賃貸借契約の更新拒絶の申入れをしており、控訴人みずから本件建物を使用する必要があつたから、右更新拒絶には正当事由が具備されていたものというべく、昭和四二年三月末日期間満了によつて右賃貸借契約は終了した。

(四)、かりに本件建物の賃貸借契約が更新されたものとしても、被控訴人は前記売買代金の不払いによつて本件建物の賃貸借契約を消滅させこれを明渡すことを約したものであるから、本件建物の明渡義務を負うことが明らかである。

二、被控訴代理人は、次のとおり述べた。

本件建物および敷地の売買契約が被控訴人の代金不払いにより解除されたことは否認する。右売買契約に本件建物の賃貸借契約の合意解除の条項が含まれていたことならびに本件建物の賃貸借契約が終了したことにより被控訴人がその明渡義務を負つたことは争う。被控訴人は賃借権に基づいて本件建物を占有しうるものであり本件においては占有権原として賃借権のみを主張する。

三、証拠として控訴代理人は、当審証人南谷公孝および同南谷潔の各証言を援用し、被控訴代理人は、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用した。

理由

一、控訴人と被控訴人との間に本件建物につき控訴人主張のとおりの賃貸借契約が締結されたことならびに控訴人およびその夫南谷潔と被控訴人との間に本件建物およびその敷地につき控訴人主張のとおり(原判決事実摘示請求原因第二項記載)の条項(ただしその解釈については争いあり)による売買契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。

二、控訴人は、本件建物および敷地の売買契約は被控訴人の代金不払いによつて解除され、本件建物の賃貸借契約も合意解除されたと主張するから考えるに、成立に争いのない甲第一、第二号証、原審証人後藤秀雄の証言により成立を認める同第四、第五号証、右後藤証人、原審証人南谷春男、同狩野光夫、同榎俊昭、同榎一夫、当審証人南谷公孝、原審および当審証人南谷潔の各証言(ただし証人榎一夫については一部)によれば、次の事実が認められる。前記売買契約において、売買の目的となるべき本件建物の敷地面積は一応七〇坪(二三一・四〇平方メートル)、代金は一坪(三・三〇平方メートル)あたり二〇万円(本件建物の代金額を含む)と定められたが、なお正確を期するため、控訴人側において土地家屋調査士に依頼して測量のうえ面積を確定することとし、昭和四二年五月二〇日測量を終えてこれによりその面積が控訴人所有の本庄市字仲町裏二七七五番地の一二宅地四八坪三合四勺(一五九・八〇平方メートル)から本件建物の敷地の分として分筆すべき部分の面積四〇坪二合五勺(一三三・〇六〇九平方メートル)および南谷潔所有の同所同番地の一七の宅地の面積二八坪(九二・五六平方メートル)の合計六八坪二合五勺(二二五・六一平方メートル)、したがつて売買代金額が一、三六五万円と確定し、控訴人側から被控訴人に対して右代金額の支払を求めたが、被控訴人は、代金の支払の用意ができないまま、支払期限である同年同月三〇日を徒過したため、控訴人側から、同年六月一日被控訴人に対して本件建物の売買契約は失効し、その賃貸借契約もすでに終了したとして、その明渡しを求めた。しかし、被控訴人から控訴人に対し代金支払いについて猶予を求めたため、控訴人側は二か月程の猶予を与え、その間、被控訴人は、みずから代金額を調達しえなかつたところから、不動産仲介業者に依頼して他に買主を探し求めたが、被控訴人自身が本件建物を早急に退去しえない等の事情から買主を見つけられないうちに、右二か月が経過したので控訴人はさらに明渡を求めた。なお、控訴人側としては、被控訴人から売買代金の支払いを受けられるのであれば、これと引換えに控訴人所有の前記宅地(但し面積は一三三平方メートルとして)について分筆登記をし南谷潔所有の前記宅地とともに所有権移転登記手続をする準備を整えていた。以上の事実が認められる。原審証人榎一夫、同田中栄三こと田鳳好の各証言ならびに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分はこれを採用しがたく、ほかに右認定を覆えすに足りる証拠はない。してみれば、右売買契約は買主たる被控訴人の代金支払義務がその責に帰すべき事由により遅滞したため、おそくとも右二か月の猶予期間を経過した後である昭和四二年八月一日頃の控訴人からの明渡請求により約定に従い解除されたものということができる(売買契約の効果が存続しているとのことは被控訴人もあえて主張しないところである)。もつとも、成立に争いのない乙第一号証、原審証人上村雅勇ならびに原審および当審証人南谷潔の各証言によれば、本件建物およびその敷地には、南谷潔の経営する第一商事株式会社を債務者とし株式会社東京相互銀行を債権者とする元本極度額八〇〇万円の共同根抵当権設定登記が経由されていることが認められるが、右各証言によれば、控訴人らは本件売買代金の支払いを受けると同時に前記銀行に対する債務を弁済し、同銀行の協力を得て右抵当権設定登記の抹消登記手続をする準備をしていたことが認められるから、右抵当権設定登記の存在も前記判断を妨げるものではない。

しかして、当事者間の争いのない前記売買契約の条項によれば、本件建物の賃貸借契約は昭和四二年三月三一日をもつて満了し、被控訴人が代金支払期限内に売買代金の支払いができないときは、被控訴人は無条件で本件建物を明け渡すべく、また、控訴人において右建物内の動産を他に搬出したうえ建物の明渡しを強制しても異議を述べないというのであり、さらに、前掲甲第二号証によれば、同年三月三〇日から同年五月三〇日までは本件建物の賃貸借は存在しないと定められていたことが認められるのであつて、このような契約条項の趣旨に照らせば、当事者の意思は、本件建物についてなされていた賃貸借契約を合意により終了させ、被控訴人は以後買主としての地位において、本件建物を占有するが右売買契約が被控訴人の責に帰すべき代金不払いにより解除された場合には、被控訴人において直ちに本件建物を退去してこれを明渡す旨を約したものと解するのが相当である。そして、前記のように右売買契約は被控訴人の責に帰すべき事由により解除されたのであるから、被控訴人は本件建物の占有権原を失い、もちろん賃貸借契約の存続ないし更新を認める余地もないものといわなければならない。

なお被控訴人は、前示売買契約(およびこれに含まれる賃貸借解除に関する合意)は控訴人の詐欺による意思表示であるから取消す旨主張するが、詐欺であるとの点についてこれを認めるべき何等の証拠も存しない。

三、よつて、被控訴人は控訴人に対して本件建物の明渡しをなすべき義務があるから、控訴人の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく、これを認容すべきであり、本訴請求を棄却した原判決は失当であるから、民訴法三八六条に従い、原判決を取り消し、被控訴人に対して本件建物の明渡しを命ずることとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 園田秀信 森綱郎)

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